2010

Goodpatchのストーリーは、
起業前の土屋がサンフランシスコに渡るところから始まります。

多国籍軍をつくりなさい!

2010年、大阪のWebデザイン会社でディレクターとして働いていた土屋は通知を受け取りました。亡くなった祖母が土屋名義で積み立ててくれていた500万円の定期預金が見つかったというのです。27歳になったばかりだった土屋。突然の知らせに驚きながらも30歳までに起業しようと考えていたため「これは、ばあちゃんがやれと言っているな」と感じ、起業を決意します。

しかし、どんな事業をやるか決めていなかった土屋は、ネタを求めて様々な起業家の講演に顔を出しました。その中で、たまたま参加した学生向けのイベントでDeNAの南場智子社長と出会ったことが、運命を変えることになります。サンフランシスコの企業を買収し、日本とシリコンバレーを往き来し、月の半分をアメリカで過ごしていた南場さんは会場に向かってこう言いました。

「日本のベンチャーとシリコンバレーのスタートアップはまるで違う。純粋なアメリカ人だけでチームをつくっていない。いろいろな国の人が集まって一つのサービスをつくっている。だから視点が最初からグローバルだ。これから起業する君たちは多国籍軍をつくりなさい!」

この言葉を聞いた土屋は次の日には「よし、シリコンバレーに行こう!」と決意しました。

東日本大震災の前日に、
サンフランシスコへ。

シリコンバレーに行くことを決めた土屋でしたが、ツテもなければ英語も話せない。もっと言えば、海外に行ったこともなければ、奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんがいるという状況でした。それでも強い気持ちを持っていたので大阪でひたすらシリコンバレーとつながっている人を探し、ある経営者のツテでサンフランシスコにあるデザイン会社btraxの社長、Brandonさんを紹介してもらいます。面接の約束をとりつけ、飛行機のチケットを予約します。

そして、成田からサンフランシスコに飛んだのが2011年3月10日。
奇しくも、東日本大震災の前日だったこの1日で、土屋の運命は大きく変わることになりました。

サンフランシスコに渡った土屋は無事に面接をパスし、btraxのインターンとして働き始めます。

2011

時代をリードする、
スタートアップの黎明期

2011年のサンフランシスコは熱気に包まれていました。ゴールドラッシュが起こる寸前、後に有名になるスタートアップの黎明期だったのです。Uberはサービスをリリースしてから1年弱、Instagramは半年のタイミングで、両社ともメンバーは10名ほどという状態。街では毎日のようにスタートアップのピッチイベントが行われていました。そのひとつに参加した土屋でしたが、ある事に衝撃を受けました。

それは、サンフランシスコのスタートアップがつくるプロダクトのUI―ユーザーインターフェイスはシンプルで美しく、使いやすかったのです。

資金が潤沢でないβ版でさえ、ユーザーの体験を考え抜いたデザインがあたりまえに構築されていることに驚かされました。調べてみると、InstagramやUber、Airbnbをはじめ、スタートアップの多くが共同創業者にデザイナーが名を連ねていました。当時の日本ではたくさんの機能を実装することが良しとされ、デザインは二の次。表層を飾るものとして最終工程で実装されるのが基本であり、ユーザーの使い勝手をデザインするという意識はまったくありませんでした。しかしサンフランシスコのスタートアップは、デザインをビジネス戦略の柱にすることを当たり前と考えていたのです。

「日本でも絶対に同じ状況になる。ユーザー体験を無視したUIを実装するようなサービスは絶対に使ってもらえなくなるはずだ」土屋は感じました。

起業のアイデアを手にした瞬間でした。

2011

Goodpatchの創業と初期の事業

2011年、土屋はGoodpatchを創業しました。いくつかのビジネス構想がありましたが、柱とした事業はふたつ。ひとつはUIデザインを提供するクライアントワーク事業。

もうひとつが、コワーキングスペース事業。土屋はサンフランシスコで、UIデザインのほかに、もうひとつ衝撃を受けたことがありました。

ブランドンさんに連れられて行ったインキュベーション施設Dogpatch Labsが提供していた場でした。

VCが運営していたこの施設は、審査を通過したスタートアップなら無料で使えるもので、広々としたキッチン、カフェスペースには大きなモニターがあり、入居者がサービスのデモやプレゼンを行っていました。聴いているのは、同じく入居しているスタートアップのメンバーや、共創を求めて視察に訪れていた人々。堅苦しくなく、ラフな雰囲気の中、プレゼンから自然な流れでディスカッションが生まれていました。

「こういう空間があるから、サンフランシスコのスタートアップには勢いがあり、次々と素晴らしいサービスやプロダクトが生まれるんだ。日本にもこの流れがくるはず」

事実、InstagramやAnimotoなどが入居していて、成長を加速させていたのです。

いまでこそスタンダードになったコワーキングスペースですが、当時の日本にはまだ存在していませんでした。土屋はUIデザインと共に大きな可能性を感じたのです。

この場で得たインスピレーションは、Goodpatchという社名にもつながりました。Dogpatch Labsのdとgを入れ替えGoodpatchとしたのです。

ロゴは、左と右で異なる色をdとpでつないだ形。Goodpatchが、Dogpatch Labsのようにスタートアップのpatch(継ぎ当て)になるというメッセージを込めました。
この時に日本と海外をつなげていくという意味でつけた社名には、のちに色々な意味が重なってくることになります。

2011

共同創業者の離脱とUIデザインへのフォーカス

「創業メンバーにデザイナーがいることが、日本でもスタンダードになる」

サンフランシスコのスタートアップから得た気づきから、土屋は共同創業者にデザイナーを迎えました。

しかし、事業が軌道に乗る前に、この関係はなくなります。わずか半年で共同創業者が離脱したのです。

同時にあと3ヶ月でキャッシュも底をつく状態に。日本ではUIデザインへの理解が低く、苦戦を強いられていたためです。

絶体絶命の状況でしたが土屋は諦めきれませんでした。

あと3ヶ月あるならギリギリまで粘ってやろう。

そこでコワーキングスペース事業をはじめとする複数の事業構想を白紙にし、UIデザイン事業に振り切る形で会社を継続することを選択しました。これに対し周囲からは心配の声が寄せられました。UIって需要あるの?とストレートに聞いてくる人、デザインといいながら実績もなく、頼みの存在だったデザイナーにも逃げられて大丈夫?と気の毒がる人。完全に潰れる会社と見られていたのです。

秋葉原の10坪のオフィス

創業から8ヶ月、古巣のフィードフォースに間借りしていた土屋。事業はなかなか軌道に乗らず、共同創業者の離脱もあり、どん底にいたある時、ある経営者の言葉でオフィスを構える決意をします。

「今すぐオフィスを借りなさい。これから事業をちゃんとやっていくのであれば、どんなに小さくてもオフィスを構えていないと銀行からもお金も借りられないし、企業と取引をするときも信頼されない。」

そうして、初めてオフィスを構えた地は秋葉原。わずか10坪のビルの1階は中華料理屋で、いつも料理の香りが漂っています。Dogpatch Labsのような広いキッチンが真ん中にあるコワーキングスペースを日本に定着させようと考えていた土屋の理想とは大きく乖離していました。学生起業家の華々しい活躍を耳にすることも多い時期だったため、なんともいえない侘しさを感じながらも、業績をあげて仲間を増やし、いつかキッチンのあるオフィスに移ることを決意したのです。

1人目の社員。
デザイナーの衣川さん

UIデザインを事業とするからには、離脱した共同経営者に代わるデザイナーを採用する必要がありました。しかし、大阪から東京に移ったばかりの土屋にはデザイナーの人脈はありません。そして次に仲間として迎える人は、絶対に信頼できる人でなければという気持ちがありました。

この人と働きたいと頭に浮かんだのは、たったひとり。デジタルハリウッドの同期で、前の職場でも一緒だったデザイナーの衣川さんでした。しかし、障壁がいくつかありました。

42歳で、奥さんも子どももいる。しかも大阪在住。そして転職活動中で、すでに1社から内定が出ている状態。

先が見えないスタートアップに来てくれる人材ではありません。それでも一縷の望みをかけて相談したところ、衣川さんは何を思ったのか、内定を蹴って、リモートでGoodpatchにジョインすると言ってくれたのです。

衣川さんや、そのご家族に迷惑をかけられない。土屋はとにかくキャッシュをまわさなければと当時β版だったクラウドワークスなどでUIデザインの仕事を見つけては、必死にエントリーしました。

2013

大きく流れを変えたGunosyの大ヒット

衣川さんという頼もしい仲間を迎えたGoodpatchでしたが、経営は変わらず苦しいままでした。しかし、そんな流れを大きく変える出来事がありました。それは震災の時にサンフランシスコで出会いシリコンバレーを一緒に旅した東大生の関くんが友人達と立ち上げたサービス「Gunosy」との出会いでした。

彼らが立ち上げた「Gunosy」は個人の趣味や嗜好を解析し、その人に興味のあるニュース記事をキュレーションし、毎朝配信するというサービスでした。その「Gunosy」に大きな可能性を感じた土屋は「とても可能性があるサービスだけど、デザインはなかなか酷いね。うちで手伝うよ。流石に大学生からお金は取れないからタダでいいよ」と言い、無償でGunosyのデザインを手伝ったのです。

当時、多くの日本のサービスがゴチャゴチャと情報を詰め込むようなUIだった所を、Gunosyは極力シンプルで読む上で余計なストレスが掛からないUIにリニューアルしました。

GoodpatchがUIを作り直した直後にGunosyは多くのメディアに取り上げられるようになり、Gunosyは急激にサービスが成長していきました。あっという間に注目のスタートアップになったのです。

そして、そのUIデザインを手伝っていたGoodpatchにもGunosyのUIデザインを見た多くの企業から問い合わせが殺到しました。

数ヶ月前にたった1人だったGoodpatchのオフィスはGunosyのヒットにより人も増え、すぐにオフィスは手狭になってしまいました。

1億円の資金調達。30人の壁

Gunosyのヒットは、Goodpatchの進む道を切り開いてくれました。スタートアップだけでなく、誰もが知っている大手企業からも依頼が来るようになったのです。
そうした中、ある大手企業からオファーがありました。この機会を逃さないよう組織の急拡大に踏切り、社員はあっという間に20人を越える組織に急成長しました。

無我夢中で急成長した組織。人材と仕事が増え続け30名を超える中で、社員から「この会社はどこに向かって進んでいるんですか」という声が聞こえてくるようになりました。

30人の壁は「会社のビジョンとミッションを明文化していなかったこと」にありました。社員が30名以下の時には、言葉にしなくとも雰囲気でお互いの考えを理解できていましたが、30人を超えた途端に言葉にしなくては伝わらなくなったのです。
さらに、できて数年のデザイン会社のため専門知識やノウハウが溜まっている状態でもなく、プロジェクトがスムーズに進まないことも多く、社内の空気は最悪な状況でした。

そんな中、自社プロダクトであるプロトタイピングツール「Prott」を開発するために、シリーズAの資金調達1億円を実施しました。デザイン会社が、資金調達をすることは異例の出来事。しかしこの資金調達ができたことをきっかけに、風向きは変わりました。
オフィスは思い切って、秋葉原から日本のスタートアップが集まる渋谷へ移転。内装も「Dogpatch Labs」をイメージしてこだわり、移転をきっかけに採用もさらにうまくいくようになりました。集まってくるキャラクターやスキルレベルも変わり、より強固な組織に成長を遂げていきました。

2014

ビジョン・ミッションの言語化

土屋が考えているグッドパッチがこれからやらなければならないこと、目指す方向を模索し始めました。そんな中、答えを探し求めていた土屋はひとつの動画を目にします。2009年にサイモン・シネックがTEDTalksで行ったプレゼンテーション「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」の動画です。「Why(なぜ)」「How(どうやって)」「What(何を)」から成るゴールデンサークルを使い、人々をインスパイアする方法を説いたものです。

その例として挙げられたもののひとつが、Appleでした。

「Appleは、素晴らしいコンピューターができたからひとつ、どうですか?とは言いません。自分たちは世界を変えられると信じている。コンピューターやスマートフォンはそのためのツール。世界を前に進めるために、わたしたちはこれらを世に届けているとメッセージすることで、卓越した成功を収めたのです」

土屋は自分に問いかけました。自分はなぜここにいるのか。なぜGoodpatchを経営しているのか。Goodpatchはなぜ社会に存在しているのか。

それは、世界を前進させたいから。デザインの力で、iPhoneのように世界を前進させるプロダクトを届けたい。

移転を機に、丸々1日使って全社員でグッドパッチの10年後を考える時間をとりました。
そこで土屋が考えていることを始めとして、Goodpatchがこれからやらなければならないこと、目指す方向、この会社のバリューを明文化して、みんなの前でプレゼンし、社員からの想いも引き出しました。

そうしてできたのが、「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」というビジョンと「デザインの力を証明する」というミッションです。

絶対に会社を潰さないという覚悟

ビジョン・ミッションを掲げたと同時に土屋は「絶対に会社を潰さない」という覚悟もしました。掲げたビジョン・ミッションは、Goodpatchという会社しかできないことを再確認したからです。「デザインの力を証明する」ためには、定量的なアプローチが必要です。つまり今まで感性という言葉で曖昧にされていたデザインを科学し、数字やビジネスとして成立させるということです。
海外と比較しても日本でデザインへの理解が浅いことの要因の一つに、デザインとビジネスの両方に理解がある人材が著しく少ない現状があります。その証拠に、日本企業の経営層にデザインを理解しているCDO(デザイン最高責任者)がいる企業はほとんどありません。だからGoodpatchは、日本に必要なCDOを輩出できる会社になる必要がある。もしGoodpatchがなくなってしまったら、日本でデザインが重要視されるのはずっと先になってしまいます。業界やマーケットの期待に応え、「デザインの力を証明する」ことができるのは、Goodpatchだけだと確信に変わっていきました。

この会社は絶対に世の中に必要な会社だ。

起業した当初はそんなに簡単にうまく行くわけないし、潰れるかもしれないと思っていた土屋がGoodpatchを絶対に潰さないと覚悟を決めた瞬間でした。

『Prott』を開発、
ドイツ・ベルリンへ海外進出

資金調達後の2014年、初の自社プロダクト『Prott』をリリースしました。会議を重ねるよりも、1つのプロトタイプがアイデアを前進させるという思想から生まれたプロトタイピングツールです。プログラミングせずにモックアップがつくれるということで広く支持され、日本のデジタルプロダクトがプロトタイピングを行うという文化が醸成されていきました。グッドデザイン賞も受賞し、いまでは多くのユーザーに使われています。

2015年、創業期からグローバル展開を見据えていたGoodpatchは、ドイツ・ベルリンへの海外進出を果たします。海外進出を牽引したのは、Goodpatch Tokyoでも働き、現在は共同経営者となったボリスです。いまでこそベルリンのスタートアップやマーケットは注目されていますが、当時はサンフランシスコやロンドンなどに進出する企業が多い中、なぜベルリンにしたのか。それはGoodpatchが素晴らしいと感じるプロダクトの多くがベルリンのスタートアップから生まれていたことにあります。このベルリン進出を皮切りに、ミュンヘンにも進出。台湾やパリなどの進出にも果敢に挑戦していくことになりました。

2016

急成長による組織崩壊。復活まで

創業からわずか5年で、Goodpatchの社員は100名を超えました。国内のデザイン会社としては異例のスピード、異例の規模に成長を遂げました。業績は前年を大きく上回り、資金調達も成功し事業と組織の急成長を続けていました。

新しいメンバーが入ってきたことで、一気に新しい風が吹き込みましたが、社内で衝突が頻繁に起こるようになりました。そもそも入社した時の会社のフェーズがメンバーによっても異なりますし、フェーズによって会社に求められていることも多岐に渡っていたため、至るところで混乱が生じ始めたのです。会社にとってカルチャーは何より大切という考えで、創業当初からカルチャーの醸成を念頭に多くの施策を取り入れてきた土屋でしたが、積み上げてきたものは崩れさっていきました。

カルチャーの崩壊には、いくつかの理由が挙げられました。
バリューの策定に時間がかかりすぎたことや、マネジメント層がバリューの浸透にコミットできなかったこと。社員のことを考え良かれと思って取り入れた施策が、ことごとく裏目に出たのです。

Goodpatchが長いストーリーを紡いでいくには必ずカルチャーが必要だ。土屋はそう決意し、タイミングを見計いバリューの再構築、再浸透に踏み切ったのです。

バリュー再構築から半年で浸透率は80%を超え、組織のエンゲージメントスコアはAAAを記録。組織はみるみる変わっていきました。2年間もの間、組織課題の本質に目を背けることなく向き合った土屋が、組織崩壊からGoodpatchが学んだこと。それは、人に向き合い続けることでした。

2018

デザインの可能性を広げる新規事業

組織崩壊からの脱却に寄与したのは、デザインの可能性を広げるための新規事業の創出でした。
デザイナー特化型キャリア支援サービス「ReDesigner」では、全てのデザイナーと優れたデザイナーを必要とし、デザインの力を信じる企業を繋ぎ、組織にデザインカルチャーを根付かせる本質的な取り組みを行っています。そしてフルリモートデザインチームとして立ち上がった「GoodpatchAnywhere」は、リモートという新しい組織の作り方や働き方の探求、物理的障壁によって発揮されずにいたデザイナーの力を社会にエンパワーメントする挑戦を続けています。
デザインの可能性を広げ、デザインの力を証明する。これまでクライアントワークを中心に実績を重ねてきたGoodpatchでしたが、これらの新規事業を創出することでビジョンとミッションの実現に向けて一歩前進したのです。

2020

組織崩壊の先

Goodpatchのストーリーは、まだ始まったばかりです。
デザイン会社としてはもちろん、人材成長カンパニーとして、日本で一番人材に成長機会を提供する会社を目指しているからです。

デザインの可能性を信じる仲間と共にデザインの力を証明し、
ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させます。

ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる

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