医療×ITで患者の体験をデザイン。医療の質を定量的に評価する「PX」を紐解く

What-is-PX

日本における高齢者(65歳以上)の割合をご存じでしょうか?

総務省統計局によると27.3%という数字が出ており、世界でも数少ない超高齢社会としてダントツの世界トップを走っています(2016年の段階で、2位はイタリアの22.75%、3位はギリシャの21.60%。 参考:世界の高齢化率(高齢者人口比率) 国際比較統計・推移 – Global Note)。今後も日本は高齢社会が進んでいくので、介護・医療分野への注目が集まりそうです。

今回は、医療とデザインの交差するトピックとして、“Patient Experience”という言葉を紹介します。邦訳すると患者エクスペリエンス。なにやら、ユーザーエクスペリエンス(UX)と似ていますよね。

PXとは一体どういったものなのか、具体的にどのような事例があるのかについてご紹介します。

PX(患者エクスペリエンス)とは?

Medical-image

“Patient Experience”(以下、PXで統一します)とは患者体験のことを指し、「ケアプロセスを通じて、患者が経験する事象」と定義されています。PXは医療の質の構成要素である“患者中心性”を評価する手法のひとつであり、患者の視点を測定可能なデータとして活用できます。

以前は、医療の質を測定する際に「とても満足している」「満足している」「満足していない」といった評価軸でのデータ収集がされていましたが、その結果からは具体的な改善策は出てきませんでした。なぜなら、「何に対して満足したのか」という視点が見えてこないからです。より具体的で質改善につながるデータとして活用するために、PXが評価法として広がっていきました。

PXを構成する要素は、以下のように患者が医療サービスを受ける上での全ての接点が含まれています。

・病院の医師
・看護師
・スタッフ
・施術
・治療
・医療施設

また、PXの質を決める要素となるのは、

・予約のスムーズさ
・情報へのアクセスの簡易さ
・医療提供者との良好なコミュニケーション

など、様々な側面があります。

先ほど述べたPXの定義の中で特徴的なのは、“患者が経験する”、“ケアプロセス”といったキーワードです。主語となるのは医療提供側ではなく「患者」であり、評価の対象となるのは満足度ではなく「プロセス」なのです。

医療の質の改善・向上のための項目として、1980年代に患者中心性という概念が生まれました。質向上を目指す中でPXの重要性が認知され、次第に広がっていたのです。

(京都大学大学院医学研究科の青木拓也様より許可をいただき、患者中心のプライマリ・ケア質評価 | Patient Experience(PX)から一部引用させていただきました)

UX(ユーザーエクスペリエンス)は体験それ自体を指す場合が多いですが、PXは医療の質を測る手段ということなので、違った意味を持っています。

PX(患者エクスペリエンス)とPS(患者満足度)の違い

次は“患者の満足度”(Patient Satisfactionと呼ばれています。以下、PSで統一)という言葉と、PXとの違いについてです。

医療サービスにおける全ての接点を想像すると、窓口で対応してくれるスタッフの方の丁寧さだったり、待ち時間が短くスムーズに診療を終えられるスピード感だったり、待合室に置いてある雑誌・マンガのチョイスなどなど。それらは全て、患者が抱く病院・医院に対しての“満足度”につながる要素です。

しかし、PXとPSは別のものとして捉えられています。

PXの評価は、患者が認知している医療の現場で実際に起こったこと(=具体的プロセス)から行われます。一方で患者のPSは、患者が抱いていた期待(=抽象的感情)が満たされたかどうかで判定されます。

例えば、2人の患者に対して全く同じ医療サービスの提供をしたとします。具体的プロセスが同じだったとしても、それぞれの期待値が違っていた場合、それぞれが抱く満足度も変わってきますよね。

つまりPSは、医療結果を問うことで導き出されることである一方で、PXは患者がそのように評価するに至ったプロセスについて尋ねることで評価できるのです。

参考:PXについて更に知る – 株式会社スーペリア

事例紹介

ここからはPXという言葉の範疇を超えて、患者中心の医療サービスに焦点を当てます。患者中心のデザインを行い、結果として患者の体験を向上させたであろう具体例をご紹介します。

Transformator Design Group at Karolinska University Hospital in Stockholm, spring 2010.

スウェーデン・ストックホルムにある、カロリンスカ大学病院での待合室の改善をした例です。カロリンスカ大学は1810年に創設され、毎年160万人ほどの患者が訪れるヨーロッパ最大規模の大学病院でもあります。

ストックホルムを拠点にサービスデザインを手掛けるTransformator Design社は、このプロジェクトに関する動画を公開しています。

可愛らしいアニメーションが示しているのは、これまでの待合室で「?」が浮かぶようなシーンについてです。

入り口にある掲示板がわかりづらい、発券機に気づかず通り過ぎてしまう、どこに並べばいいかわからない、どのくらい時間がかかるか見当もつかない、などなど、待合室という体験を通しても、頭にクエスチョンマークが浮かぶ設計が多いことを指摘しています。

Service Design

どこで待てばいいかわからず、困惑してしまいます

(画像引用元:Service Design in Public Healthcare on Vimeo

それらの問題を解決するために、以下のプロセスが紹介されていました。

・リサーチ・・・フィールドワーク、インタビュー、フォーカスグループなどを用いて、調査を進める。
・分析・・・KJ法、グラフ化、フローチャート作成などを用いて、調査結果の分析・考察を行う。
・クリエイティブ・・・ブレインストーミング、プロトタイピングなどを通じて、アウトプットを出す。

最後には、BEFORE/AFTERで改善後の風景が写真で示されています。

Before

After※画像を動画より引用し、独自の画像を作成しています。
(引用元:Service Design in Public Healthcare on Vimeo

パッと見てわかりにくいかもしれませんが、シンプルで統一感のある空間に変わっているのがわかると思います。患者が抱いていた「?」をなくすため、発券機ができていたり、あとどのくらいの時間がかかるかひと目でわかるようなデジタル掲示板が設立されていたりします。

このように、患者と病院におけるいくつもの接点がデザインされているのがわかります。

蛇足ですが、カロリンスカ病院は2018年に新施設を建設中だそうです。同院のビジョンとして“Patient First”(患者ファースト)を掲げ、高品質で安全なヘルスケアサービスを提供していくんだとか。病院が患者中心のビジョンを掲げることで、今後はビジョンを実現するためのデザインが一層必要とされるのではないかと思います。

A Hospital Centered on the Patient Experience

続いて紹介するのは、世界で最も有名なデザインファームの一つであるIDEOのデザイン事例です。Nemoursは子ども向け医療の改善に取り組んでいるアメリカのNPO団体です。Nemours新たに建設する病院において、デザイナーがどのように患者中心性を大事にしながらデザインをしたかというケースがIDEOのウェブサイトで紹介されていました。

参照:A Hospital Centered on the Patient Experience | ideo.com

Nemoursは、医療業界のリーダーとなっていくにあたってブランドの強化をしたいと考えていました。しかし、そのためには二つの壁を乗り越える必要があったそうです。

一つが、患者がこれまで以上に、より多くの情報と選択肢にアクセスできるように推し進めること。もう一つが、クリニックや緊急センターなどの競合にマーケットシェアを奪われないようにすることです。

IDEOや他のエージェンシーのデザイナーたちは患者やその家族たちのインサイトを明らかにし、新しい病院のデザインを行いました。

Prototype of Waiting Room

待合室のルックアンドフィードを確かめるために製作したプロトタイプ

(引用:A Hospital Centered on the Patient Experience | ideo.com

実際のデザインの例を挙げると、

・フロアガイド・・・コンシェルジュのように、訪れる人をガイドしたり、質問に応える役割を配置する
・ファミリーラウンジ・・・プライベートダイニングキッチンを設置し、患者の家族は料理をして食事を取ることができる
・患者情報のスクリーン・・・医師や看護師は、試験室に入る前に患者の情報にアクセスできる。予め情報を得ておくことで、患者との信頼構築につながる

など、これまで無かった設備・機能が組み込まれました。

デザインチームは子どもが好みそうな環境、例えば博物館やおもちゃ屋さん、動物園などからインスピレーションを得たり、親子や医師、サポートスタッフなどあらゆる人へのインタビューを実施したりして、インサイトを探し出します。そして、患者となる子どもたちだけでなく家族や医療従事者全員に対して、価値を届けるためのデザインを施しました。

結果として、
・International Interior Design Association’s 2013 Best of the Best Gala
・Healthcare Design and Best Overall, 2013

といった2つのアワードを獲得したそうです!

以下の記事より、内装の写真が閲覧できます。
A new kind of children’s hospital – CNN

病院といえば、暗くてテンションの上がらない場所という認識があり、特に子どもにとってはその印象が強いと思います。しかし、カラフルな内装にしたり、楽しめる庭園を作ることで、病院を訪れる子どもたちの負担を軽減できるように、デザインしたのです。

さいごに

最近はFinTechに関するニュースが目白押しで、金融×デザインの重要性が徐々に広まりつつあると感じていますが、医療やヘルスケアといった領域ではまだまだデザインの重要性は広がっていないように感じます。

今後、医療やヘルスケアの領域にデザインが入り込み、イノベーションを起こしていくことができれば、少しだけ明るい未来に向かっていけるような気がしています。そんなことを思いながら、PXの紹介をしました。

参考までに、以下のスライドは、医療従事者以外でもわかりやすいように、PXや患者中心性についての説明がされていました。合わせてご覧ください!

 

<参考サイト>
「患者中心の医療」に隠された問題点~医師の苦悩とは | 医師の転職・求人ならエムステージ
ヘルステックベンチャーがデザイナーを超積極採用している理由 | PREVENT
ペイシェント・エクスペリエンス(Patient Experience) | 病院経営とマーケティング
What Is Patient Experience? | Agency for Healthcare Research & Quality
About Karolinska – Karolinska University Hospital

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ABOUTこの記事をかいた人

磯部 俊哉

94年 千葉県生まれ。学生時代は東南アジア×働くに興味を持って活動していました。現在グッドパッチでは、マーケティング部署に所属しながら自社プロダクト『Prott』『Balto』に関するインタビュー記事やイベントレポートを中心に発信しています!好きな食べ物は高野豆腐です。

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