人工知能(AI)やデータ解析、ウェアラブルデバイスなどの最新のデジタル技術を活用し、医療やヘルスケアの質を向上させる「デジタルヘルス」は近年注目を集めています。
一方で、デジタルヘルス領域におけるサービス開発はさまざまな制約があり、社会実装のハードルが高いのも事実です。
現在Goodpatchでは、株式会社DUMSCOと京都大学医学部附属病院産科婦人科で共同研究・開発を行った婦人科がんヘルスケアアプリ「ハカルテ」プロジェクトを事例として公開しております。
そして本事例をベースに、デジタルヘルスに関心があり、今後開発を検討している方々や現状悩みを抱えている方々へ向け、「ハカルテ」のプロダクト開発を軸に、どのようにユーザーリサーチや開発を進めていったのかをご紹介するセミナーを先日開催しました。
当日は「ハカルテ」の共同開発を行った、京都大学医学部附属病院の医師や株式会社DUMSCOのプロジェクトオーナーをゲストにお招きし、ディスカッション形式でお話ししています。
今回は「ヘルスケア×デザイン」記事の第4弾としてセミナーの様子をレポート形式でお伝えできればと思います。デジタルヘルスに関心があり、今後開発を検討している方や現状悩みを抱えている方々の参考になれば幸いです。
目次
医療従事者とユーザーのニーズを満たしたプロダクトを開発する難しさ
デジタルヘルス領域の開発において、よく挙がる課題は「医療従事者の要望とユーザーニーズの両立が難しい」というものです。
医療従事者がプロダクトを通して得たい情報や追加したい機能と、実際のユーザーのニーズが合わないと、プロダクトの利用率が低下しサービスが成り立たなくなくなってしまいます。
今回の婦人科がんヘルスケアアプリ開発においても、婦人科がん研究のデータを取得したい医療従事者側と、婦人科がん発症中で体調も悪く使用負荷は下げたい対象ユーザー側のギャップが課題としてありました。
また、プロダクトによっては「ユーザーの生の声を医療現場から集める難しさ」も課題としては大きいのかもしれません。
医療従事者のみで実施しようとしても、本業があるため限られた業務時間の中でユーザーの全てを知ろうとすることは難しいです。そこで、ユーザーヒアリングを行う際は専門知識を踏まえてスムーズに実行できる第三者のサポートが必要になります。
特に今回は、婦人科がんを治療中の方が対象ユーザーであったこともあり、身体的・精神的に負担が生じていることや、女性特有の悩みなどを抱えていることに配慮した設計を行う必要がありました。
調査フェーズ:多方面への配慮をしてユーザー調査を実施する
ここからはサービス開発のフェーズごとに注意すべき、工夫すべき点をお話ししていきます。まず調査フェーズでは、ユーザーの感情・思考・行動などを分析することで、本質的な課題やニーズを特定することが重要です。そのためには、ユーザーヒアリングを実施することが有効ですが、先ほどの課題に挙げたように、ヘルスケア領域の対象ユーザーは身体的・精神的に負担が生じている場合や、特有の悩みなどを抱えている可能性があります。
そこで今回の開発では、UXデザイナーが設計したインタビュー項目をハカルテの共同研究者である医師に内容の事前確認を密に行いました。
これは、患者様に聞く内容に問題はないかや実施の注意点などについてフィードバックをいただき調整することで、事前にインタビュー実施による治療や研究への悪影響が生じないようにすることを目的としています。調査を実施するにあたり、病院内の倫理委員会に調査内容を提出する必要があり、インタビュー内容や具体的な実施方法の説明と資料の提出も行いました。
また、病院内からリモートでインタビューを受けていただいたため、環境の準備や当日のオペレーションをきちんと設計し、事前にインタビューのサポートをしていただく医療従事者と擦り合わせておくことで、医療現場の負担を軽減しインタビューを実施しています。
このように治療への影響を配慮しつつスムーズな進行を実現したことで、構造的に課題を捉えサービスとしてアプローチできそうな着目点をしっかりと洗い出すことができました。結果、プロダクト開発の軸となるコンセプト設計を確度高くスピーディーに生み出すことができたのも大きな成果だと実感しています。
参考記事:【ヘルスケア×デザイン vol.2】ヘルスケアアプリの開発における患者様インタビューの実施ポイント
設計&デザインフェーズ①:医療情報を一般向けに変換し、プロダクトに落とし込む
医療従事者と連携してプロダクト設計を行う際に気をつけたいことですが、医療従事者から頂いたニーズや情報をそのままプロダクトに反映してしまうと、ユーザーに負荷がかかってしまう可能性があります。
ですので、「ユーザーにとってのわかりやすさ・使いやすさ」と「医療観点で必要なこと」の中間を探り、医療従事者とミーティングを重ねてプロダクトを制作進行することが重要です。
上記を踏まえて、「ハカルテ」の設計で考慮したことの1つは、毎日の記録で取得したい情報の導線整理です。医学的研究においては、なるべくユーザーから多くのデータを取得したいですが、そうすると婦人科がん治療中のユーザーにとっては負担になってしまいます。ハカルテでは、毎日の記録項目は最低限に制御し、それ以外で食事記録など研究に必要な情報などは週1ペースでのアンケートという別導線を設けて、ユーザー負荷がかからないように調整を行いました。
また、毎日の体調記録の体験を向上させるために、医療用語を伝わりやすい用語に変換しています。例えば症状名。「間質性肺炎」という医療用語を一般利用に向けて「息切れ」に変換するなど、医師からいただいた情報がユーザーに伝わる言葉になるように、ひとつひとつ変換していきました。また、症状名と合わせて症状アイコンも作成し、より毎日記録しやすいUIになるように設計しています。
こういった形でユーザー視点と医療(研究)観点を考慮し制作を進めたことは、最終的な記録継続率の成果に繋がっています。
設計&デザインフェーズ②:法規制や倫理規定の制約を考慮して設計する
医療系のプロダクト開発では、法規制や倫理規定に応じて、適切な認証や承認などを取得する必要がありますが、承認ステップを踏まえると開発スピードに影響が出る可能性があります。そういった医療・ヘルスケア領域のプロダクトならではの制約や、制約によるリリースへの影響を考慮しながらプロジェクトを進行することは非常に重要です。
「ハカルテ」の場合は、初回検証ではまず「毎日記録を継続的に行うことができるか」というプロダクトの価値自体を知りたかったため、医学的な介入を行って評価する研究(介入試験)を回避できるように進行しました。
具体的な実作業の例として、「患者に行動を促す機能」を「事実のみを伝える機能」に修正しています。もともとは、日々の体調記録に応じて、「病院に電話しましょう」「外来に受診しましょう」といったユーザーへ必要な対処を促す機能を検討していました。
ただ、この機能を入れてしまうと「介入試験」にあたり、承認ステップなどがかなり多くなってしまいます。この機能はリリーススピードと天秤にかけたときに、初回リリースにおいては必要ではないと判断し、事実のみを伝える機能に修正しました。
こういったように、検証目的に影響が出ない範囲で修正を加え、よりクイックにリリースできるように医療従事者と相談しながら進行しました。
設計&デザインフェーズ③:ユーザーの心理状態を考慮したデザインを設計する
価値検証フェーズでは、リリースして改善していくサイクルを回すことを前提に、まずは価値検証可能な最低限の機能を持ったプロトタイプ・MVP(Minimum Viable Product)をミニマムかつスピーディーに作成していくことが一般的な開発において推奨されています。
特にデジタルヘルス領域のサービスは制約も多かったり、研究視点を考慮していくと、機能や情報がどんどん肥大化していくので、まずは検証目的を達成させる最小限に絞り切る(マスト機能でないものは捨てる勇気を持つ)という意識がやはり重要だと思っています。
ただ一方で、ユーザーが心地よく使い続けられることを意識して、簡素なプロダクトにならないようにすることも重要だと考えています。「必要最低限のプロダクトをつくる」ことは前提ですが、リリース後は実際の患者様に使ってもらうことになります。
特に、今回のユーザーは婦人科がん治療中の患者様であり、体調が悪かったり不安な心理状態であることがデフォルトです。その状態でプロダクトを毎日使い続けてもらえるように工夫することを意識し、「ハカルテ」でも重要な体験箇所ではコストをかけました。
例えば設計面では、手や目を動かすコストを軽減させ、判断負荷のかからないようにすることを意識しています。ユーザーの負荷にならないように体調記録が「ワンタップ」でできることにこだわり、特殊な開発になる部分もコストを割く判断をしました。
また、ビジュアル面では「寄り添い」を感じるデザインになることを意識してます。トップ画面はユーザーが毎日目にするので、時間によってビジュアルがかわる仕掛けや、記録訴求のイラストが切り替わるなど、毎日の記録に寄り添う案を実装しました。
こういった形で、重要な体験においてちゃんとコストをかける、ということもリリースして検証するプロダクトでは重要なポイントだと思っています。
参考記事:素早く作って素早くリリース!MVP開発をスムーズに進めるポイント
リリース&検証フェーズ:医師からの紹介→使用開始までアプリの導入体験も含めて検証
プロダクトが完成したら、最後はリリースして検証へと移っていきますが、リリースする際は導入体験も重要になります。
特に医療系・ヘルスケアサービスの特徴として、病院や医師からの紹介でアプリを使い始めることが多いため、アプリを患者様に使用していただくことと同じくらい、アプリを使い始めてもらうまでの体験も重要になります。
今回は、医師からアプリを紹介され使い始める体験において、紹介時にアプリに魅力を感じるか・インストールから利用開始までをスムーズにできるか検証するために、実際に医師が患者に紹介する際に利用するサービスパンフレットを用意しました。本リリースに近い完成度のパンフレットを作成し、医師から患者さんに紹介するフローを再現し、そのあと、ユーザーインタビューを行い、アプリ導入における改善点を洗い出すことを目的としています。
また、リリース前には医師向けの説明会も実施しました。どのような目的で・どんな検証を実施するかを事前に説明することで、院内でスムーズに検証を進められる状態を作ることもできますし、取り組みの認知を広げていくことで、今後研究を進めていくにあたっても協力体制が作りやすくなります。医療従事者と共同開発を行う上では、こういった認知向上のための活動サポートも重要なポイントです。
医療従事者と患者、双方の立場に寄り添えるかがプロダクト開発のキモになる
「ハカルテ」のプロダクト開発を軸に、どのようにユーザーリサーチや開発を進めていったのかをご紹介しました。今回のプロダクトにおいては、特に医療従事者とユーザーのニーズを両立したサービスを開発することが重要だと考えています。
そのために必要なのは、「ユーザー(患者様)の理解に努め、本質的な課題を捉えること」そして「医療従事者と密に連携しサービス開発を推進すること」です。言葉にすると簡単に見えるかもしれませんが、医療や病気というテーマと向き合う際には、多方面への配慮が必要になることは、この記事で分かっていただけたかと思います。
ハカルテはリリース後、ご利用いただいた患者様の83%以上が継続記録率を70%以上に維持し、中には毎日記録される方たちもいるという結果を残すことができました。また、患者様からは「多くの方にこのアプリを活用してほしい」「記録ノート(紙)ではできないことなのでおすすめ」「使い勝手が良く先生に体調を共有するときも使いやすい」という声などをいただいています。引き続きよりよいプロダクトになるように改善を続けていきます。
最後になりましたが、Goodpatchでは新規サービス開発やプロダクトのリニューアルをアイデア創出から開発まで一貫して支援しており、今回ご紹介したヘルスケア領域のプロダクト開発経験者も多数います。Goodpatchとの共創に興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください。メンバーとのディスカッションなどでも構いません。楽しみにお待ちしています!
執筆者
UX Designer: Aya Kodama Ul Designer: Yuki Yamashita