皆さんは、HAPTIC DESIGN(ハプティックデザイン)というデザインの分野をご存知でしょうか。

これは、ヒトの五感の一つである触覚(HAPTIC)のデザインです。

公式Webサイトでは、定義を以下のように述べています。

見る・聴くデザインから、“触れるデザイン”へ
HAPTIC DESIGNは、身体を通じて自己と世界をつなぐ
触覚に基づく新たなデザイン分野です。

参照:http://hapticdesign.org/hapticdesign/


実は皆さんのほとんどが、ハプティックデザインが取り入れられたデバイスを使っています。

例えば、iPhone 7のホームボタンや、最近のMacBookの威圧トラックパッドは、実際に物理的には凹みませんが、押したときに「押す」という「実感」があることで、ボタンを押し込んでいるように感じています。
このように、人間の触覚にアプローチするデザインが、ハプティックデザインです。

さらに近年のVRやIoTなどの発展により、ハプティックデザインへの注目は高まっています。
そのような状況でHAPTIC DESIGN PROJECTによって、「HAPTIC DESIGN AWARD」が開催されました。

今回は、アワードにてグランプリに輝いた『稜線(りょうせん)ユーザインタフェース』の製作者である、公立はこだて未来大学の安井重哉 准教授に、作品についての概要やハプティックデザインの今後についてお話を伺いました。

UI研究者による、触覚にフォーカスした新しいスイッチインタフェース

──まずは、今までの経歴や専門分野を教えてください。

安井准教授(以下敬称略) ソニーで20年弱、GUI(カメラの画面内のUIなど)を主に担当していました。大学ではグラフィカルなものだけではなく、人間の五感を使った体験的なユーザインタフェースの研究を行っています。また、マリンIT(公立はこだて未来大学のプロジェクト)にて、漁業用のアプリのデザイナーとして、船上で扱うiPadアプリのUIデザインも行っています。

──では、早速作品の説明をお願いします。

安井 これは、新しい稜線ユーザインタフェースです。二点間に障壁があり、指先でそれを超えたときに反応します。

もともとは触ったら反応するようなスイッチ(エレベーターのボタンなど)を改良するために始めました。知らずに触ってしまっても触覚的なフィードバックがなく、気づきにくいことを改善できないかと思いました。

そこで、一つ触れるだけで誤動作が起こってしまうならば、二つ触れるようにすれば誤動作しにくいんじゃないかと思い、二点間(A→B)に移動したときに反応するスイッチを閃きました。
また、その間に障壁を設けることにより、指先で障壁を超えた瞬間は感じることができるので、それを触覚フィードバックにできるのではないかと思い、指先が障壁を超えた瞬間にスイッチが反応するようにしました。

さらにデザインとして形状によって見た目で指を動かす方向がわかるようにしたり、その時の触り心地も考えています。触覚は、快感などにかなり密接に関わっているので、触ったときの心地よさを追求するのもある種デザイナーの美学だと思っています。

現在はまだ障壁を超える部分までしか作っていません。触覚信号に情報を持たせて情報デザインにしようというのがハプティックデザイン。この作品では、切り替わるというところが触覚情報になっていますが、それにもう少し複雑な情報をもたせられるかもしれません。感性的なところでは、特に触った時の心地よさを入れていきたいと考えています。

──これからの発展性はどうお考えでしょうか?

安井 これはクイックに作ったプロトタイプなので、少し長持ちするようなものを作りたいです。また、このままだと原理がわかる人にしか分からないので、「一般のおっちゃん」に分かるようにするためにも、実際に部屋に組み込んでみたり、椅子を作ったりしてみようと思っています。そのために一緒に作るパートナーを増やしていきたいですね。

さらに、今のものは明らかに「スイッチ」という感じなので、もう少し埋め込めないか考えています。そのために、材料では木材なども検討していて、このようなものを机などに埋め込めないか考えています。木材をタッチパネルにできるかどうかはわからないですけど(笑)。

──それはIoTなど、モノにコンピュータを仕込めるようになってきたからでしょうか?

安井 そういうのも十分可能になってきています。もしかしたら人にも埋め込めるかもしれない。ちょっと怖いかもしれないですけどね。

──将来はiPhoneのような情報端末にも応用できるものでしょうか?現状でも威圧トラックパッドのようなものはあります。

安井 そういうものと併用することもできると思います。必要な専用デバイスの値段も下がってきているし、今の世の中はそのようなデバイスでハプティックな情報提示をしようとするのがメジャーな流れです。

ですが、それをやってる人たちはたくさんいるので、私もやる必要はないかなと思っていて、せっかく大学にいることですしあえて違うアプローチをしようと考えています。

視覚や聴覚がデザインできるなら、触覚もデザインできる

──そもそもなぜ触覚に着目しているのでしょうか

安井 ちょうどハプティックデザインを唱える人たちがいたり、そういう時代になってきていることは感じるので、そういう意味では何かの時流に乗ろうとしているのかもしれません。あるいは、そういう時流が起こり始めたからこそ、あえて逆のことをやっているのかもしれません。

また、そういう(ハプティックデザインを提唱している)人たちと話しているうちに、そもそも触覚で情報を提示するということを知りました。

視覚でやればビジュアルデザインだし、サウンドでやればサウンドデザインだし、じゃあ触覚もできるよね」という話を聞いて「確かに!」と思いました。

──それではこれから、ハプティックデザイナーを名乗っていくのでしょうか?

安井 どうしましょうかね(笑)。名乗ってしまってもいいとは思いますが、あえて(領域を)狭めてもしょうがないかなとも思います。

ハプティックデザイナーとして名乗っていくというよりは、UIを研究していく中で一つのスタディとしてハプティックを使ったデザインをやっています。特に、立体を使って何かをするもの。ただ、今回アワードに応募したことで、考え方はとてもクリアになりました。

ハプティックデザインの今後とは

──今後ハプティックデザインはさらに広がっていくのでしょうか。

安井 たぶん、ハプティック、触覚「だけ」のデザインはあまりないと思います。触覚と触感は違いますよね。触覚とは皮膚で感じる刺激ですが、触って気持ち良いとか触ってみたくなるというのは何かの記憶や情報と関わってきます。ひょっとしたら形状が目で見えているから手を伸ばそうと思うのかもしれない。触覚の信号刺激だけではハプティックデザインとして狭い。触感まで広げて、音とか光、映像などと混ぜ合わせたほうが発展性はあると思います。
なので、サウンドデザイナーとか映像のデザイナーとかを引っくるめてハプティックの方に引き入れていったほうが面白いだろうと考えています。

──「ハプティックデザイン」という大きな枠というよりは、いろいろな領域にまたがっていくということでしょうか。

安井 そうですね。そこがやはりハプティックデザイナー(アワードの主催者側)の面白いところで、「触覚」のデザイナーではなく「触感」のデザイナーである。だから広がりが持てるのかなと思います。

取材後記

IotやVRなど、技術が進歩し続ける現代において、人間の「触った時どう感じるか」という感覚や、感情的な部分が重視されているところに面白さを感じました。
日々の生活から見つけられる、ちょっとした気付きや違和感が、今回ご紹介した作品のような新しいアイデアやデザインに繋がっているのですね。

スマートフォンやタブレットも、現在はスクリーンを指でタッチしても、ガラスの感触や振動のフィードバックがあるだけですが、今後は指先でタッチするだけで、質感や情感などのより人間らしい情報を得られるようになるかもしれませんね。

そんな未来が来た時に、いかにヒトとモノの関係性を深められるかが、デザイナーの仕事と言えるのではないでしょうか。